感染症対策・バブル方式
前代未聞の決定は、まだあります。感染リスクを減らすため、選手村や競技場の選手を、一般市民と隔離する、バブル方式です。元々、選手村は隔離された閉鎖空間ですし、競技会場もある意味、観客とは異なる動線で運営されるはずだったため、それほど影響はありませんでしたが、一番のインパクトは、移動中の選手の「バブル」です。移動の定義も複雑なのですが、厳密に言うと、自国内の移動時にPCR検査で陰性を確認した状態から、日本に入国し、空港から選手村に移動する全プロセスで、一般市民と隔離することを、選手に求めました。日本人にとってだけではなく、あらゆる国の選手にとって、馴染みのない、それこそ価値観や基準の違う制約です。これは組織委員会ではなく、IOC/IPCが、「Playbook」と呼ぶガイドラインを作って、周知徹底しました。とは言え、最初から精緻なガイドラインが出来ていた訳ではなく、何度も改訂を加え、組織委員会内に問い合わせ窓口を設置し、選手団側にもコロナ対応責任者を配置した上で、試行錯誤を繰り返したのです。
ガイドラインに適用する防疫対策や基準は、日本の政府が最終的に決定権を持っており、外務省等からの出向者が幅を利かせていました。あくまでも個人的な受け取り方ですが、「皆さん、一緒に頑張りましょう」という姿勢ではなく、「日本国政府としては、大会を開催させてあげるので、指示に従いなさい」という雰囲気がとても強かったと感じました。いかにもお役所的な理不尽な要求に対しても、四の五の言わずに、従いなさい、そんな圧力がかかり、どんな指示にも従順に対応してくれない選手団との間で、板挟みにあい、疲弊していく職員をたくさんみました。参加を決めた選手団の中には、「そんな要求には答えられない」と言って、参加を見合わせた小さな国の選手団もありました。メダルを競う大規模な先進国の選手団なら、対応するだけの人的リソースも予算も準備できましたが、参加することに意義がある、出場選手が一人だけというような国では、対応できないような厳しい複雑な手続きが次から次へと出されました。
その制約を踏まえて、計画書を何度も見直し、未決定事項を見据えて、修正を繰り返しながら、日本語版の作成と英訳作業を繰り返していました。果たして、本当に開催できるのかと、何度も何度も悩みながら、でも迫りくる期限に怯えながら、仲間と励ましあい、作業を分担しあいながら、乗り越えようともがいていました。 「バブル」という得体のしれない敵と戦うように、必死につじつまを合わせようとしていたにも関わらず、実際はバブルどころか、ひび割れて、穴ぼこだらけの状態になるとは、この時点では、予想できませんでした。